富士山の写真を見ながらこう考えました。富士山の写真を大別すると「大きい富士山(大富士)」と「小さい富士山(小富士)」の2つに分けられると思います(これは私個人の考えですのでお笑いください)。大富士は主題の美しい富士山を大きく撮り、副題に主題を強調する何かを添える、小富士は主題の事象を大きく撮り、富士山は小さく副題として添えた作品であるともいえます。こんなことを考えたのは、今回の撮影途中で3か所の写真展を観て、撮影よりも皆さんの写真についてあれこれ思考する時間が多かったからです。日本平でオオシマザクラが咲いたとの連絡で、雨の降る12日夜に撮影に出ました。翌日からしばらく晴れの予報でしたが、13日~14日は雲が多く撮影に苦労して、月明かりのない未明に撮ろうとした天の川は撮れませんでした。13日最初に訪れたのは、忍野村岡田紅陽美術館で開催されている流石匠さんの写真展でした。白旗史朗さん亡き今は富士山写真家のレジェンドと言える流石さんの写真は、まさに大富士の素晴らしい写真ばかりでした。笠雲や彩雲など富士山に起きる自然現象を見つければすぐに駆け付けられる地元の人にしか撮れない写真であるともいえます。私も以前たまたま彩雲を見つけて撮っていたら、そこへ流石さんが駆けつけて来ました。そのあと行ったのは河口湖美術館の富士山大賞写真展でした。グランプリの写真は大富士で、冠雪した主題の富士山に副題の枯れ木を添えることで厳しい冬の姿を強調していました。それに対して銀賞は小富士で、打ち寄せた波が虹色に染まった主題に小さな富士山が副題として添えられていました。14日に訪れた写真展は、フェイスブックで活躍している方々の作品展でしたが、写真展そのものを開催する意味がどこにあるのか、SNS上に投稿する写真と紙に印刷して見せる写真展では、見ていただく趣旨が異なるように思いました。15日は夜明けの日本平から三保の海岸まで雲にじゃまされることなく撮ることができました。富士山まで遠くに住む者にとっては決まっている事象を撮ることしかできないので、オオシマザクラが咲いたので行き、観光船が入港するのを待ち構えて撮る小富士ばかりです。小富士撮影者にとっては主題である撮影ポイントの情報が頼りになります。だから、SNSで撮影地を書かない人がいるのは、撮影地を秘密にするかららしいのですが、それなら投稿そのものをしない方がいいと思うのですが。さらに、SNSに書いたために皆に知れて、それに怒っている人の話まで聞くのを悲しく思います。今回の撮影で、地元のHさんに撮影地を教えていただいたおかげで満足した撮影ができ、Hさんに感謝でした。大富士を撮るのが厳しい私には、これからも小富士の富士山写真を撮り続けることでしょう。
三保海岸
以上です。ここまでご覧くださりありがとうございます。
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by minorufuji2089
| 2024-03-15 22:43
| 最新富士山撮影
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「ありがとうございます」という言葉が好きです。言われることはもちろん、自分で言うのも好きです。現役の期間は「ありがとうございます」と言われることが多い仕事であったので、リタイヤ後は、そのお礼の気持ちを込めて、撮ったっ富士山の写真のプリントを現在7施設に掲示して喜んでもらっています。曽我の梅林の外れに美しい姿のしだれ梅があることを教えてくれたのは、湯河原のOさんでした。その梅を、横浜のTさんからは寝転がって下からあおる撮り方を教えてもらいました。それから20年以上ほぼ毎年撮りに行くのは、すでに亡くなったお二人に会いに行く気持ちでもあります。昨年友人をつれて花見に行くと、小屋が建ちブランコが設置されてミニ公園になっていて、初めてこの梅園のオーナーにお会いしました。小屋には曽我近辺の写真が飾られていたので、長い間撮らせていただいたお礼に私のしだれ梅の写真も飾っていただけるように差し上げました。今年様子を見に行くと、さらにもう一棟小屋ができ「写真館」とありました。それではと、私の全紙写真5枚も掲示していただこうと持っていくと、「ありがとうございます」ととても喜んでいただきました。さらに隣の梅林の方は、畑の中に「柏真館(はくしんかん)」という写真館を建ててあるのをオーナーから説明を受けて見学しました。たくさんの展示品は、オーナーの趣味の写真と、曽我の梅林に関する資料でした。そこに地元の3年生が毎年見学に来るそうです(3年生は地域の特徴を学習します)。その後、山中湖へ向かいましたが、3日の朝は雲で富士山は雲の中、晴れの予報に白糸方面に春の花を求めて移動しました。その後達磨山へ移動しましたが、長い移動時間の最中、NHKTVはずっと桑田佳祐のライブ映像を放送していて、音声だけを聞いていました。ここで気づいたのは1曲終わるごとに「どうもありがとう」ということです。これは「聞いてくれてありがとう、拍手をしてくれてありがとう」という意味があるのでしょう。そういえば森山良子のコンサートに行ったとき、1曲ごとに「ありがとうございました」と深々とお辞儀をしていました。昔の歌謡曲や演歌の歌手は言わなかったように思いますが。ワイドニュース番組などで最後に司会者が「ありがとうございました」というのはわかりますが、コメンテーターまでも必ず「ありがとうございました」というのがわかりません。そういえばアメリカの大統領演説などでも必ず最後に「サンキュー」というのの影響なのだろうかと思います。ところが岸田総理大臣は、自分の不手際で異例の土曜日に本会議が開かれたことに対して、土曜休日出勤した職員には「ありがとう」という慰労の言葉はなかったそうです。4日は井田でモクレンを撮影しました。今回はプリントするほどの写真は撮れませんでしたが、まずまずの好天で、訪れた春のきれいな花々を撮影できたことを、今回も「ありがとうございました」と感謝の念をもって帰宅しました。
2月3日 白糸方面 河津桜 ようやく雲の間から富士山が見えてきました。
以上です。ここまでご覧くださりありがとうございます
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by minorufuji2089
| 2024-03-04 21:47
| 最新富士山撮影
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「紅陽は忠霊塔のようなものは撮らなかった」岡田紅陽の奥さんのちえさんが何かの話の中で、そんなことを言っていました。その真意はわかりませんが、おそらく人工的なものは風景写真にはそぐわないと思っていたのでしょう。それが今では忠霊塔が一大人気スポットとなり、大勢のカメラマンが押しかけます。特に外国人観光客に人気があり、26日未明も正面の最上席にはタイ語を話す数人が陣取っていて、ドイツ人らしき美女が撮る場所を探して右往左往していました。今回の撮影に出た25日の午後家を出たときは雨で、籠坂峠から雪に変わりました。楽に行けて楽に雪景色が撮れる場所として御坂峠の富士見橋に行きました。午前2時頃から富士山の雲が取れて、たっぷりと積もった雪景色を月照で撮ることができ、その後忠霊塔に行きました。高齢になった私は情けないことに足腰が弱ってしまったので登れるか心配しましたが、どうにかたどり着いた時にはカメラマンがいっぱいで撮る場所がありません。しかたなく誰もいない反対側で撮りましたが、むしろ月照がきれいでした。先日『続・窓際のトットちゃん』を図書館で借りて読みました。そこで初めて知ったのは「トン坊」の声が黒柳徹子であったということです。「ヤン坊ニン坊トン坊」はNHKのラジオ放送劇で、3,4年生の頃の私が大好きな番組で、ラジオをかかえるようにして(我が家のラジオは電蓄で洗濯機ほどの大きさでした)聞きました。その後4年生の時我が家にテレビが来て、見たのが『チロリン村とクルミの木』でした。なんとおしゃべりで意地悪な「ピーナッツのピーコちゃん」が黒柳徹子であることもわかりました。それらを思い出すことで子供の頃に帰った気持ちになり嬉しくなりました。同じころ岡田紅陽は精力的に富士山を撮り続けていたのです。私が見たかぎり岡田紅陽の写真集には忠霊塔は写っていないようで、忍野村の藁ぶき屋根の農家を写した写真はありました(河口湖町図書館に豪華写真集があります)。撮影の対象が変われば、撮影場所も変わりました。20年以上前の忠霊塔はあまり行く人もなく、私がフイルムカメラで撮りに行った頃は土手の石垣をよじ登るようにして撮りました。それが5年ほど前に行った時にはひな壇ができていて、今回はさらに広くなっていました。これで最も賑わう桜の時期には多くの外国人を迎えることができるのでしょう。幸いなことに風がなく、積もった雪は落ちることなく、好条件で満足した撮影ができました。
山中湖
2月26日 御坂峠富士見橋
浅間神社忠霊塔
忍野村ドジョウ池
以上です。ここまでご覧くださりありがとうございます
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by minorufuji2089
| 2024-02-26 21:45
| 最新富士山撮影
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中国の詩人白居易の詩の一句に「雪月花時最憶君(雪月花の時 最も君をしのぶ)」とあり、古今東西「雪・月・花」は自然の最も美しい姿として愛でられてきました。前日の雪で、24日は大観山の雪景色か、城ケ島の落月か、いこいの村の河津桜か、どこへ行こうか悩みましたが、希少性の高い城ケ島に行き、その後いこいの村に行きました。残念ながらいこいの村では富士山は雲に隠れて撮れませんでした。その代わり直売所で菜花を買い、からし醤油でおいしくいただきました。
以上です。ご覧くださりありがとうございました。
2月24日 城ケ島大橋
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by minorufuji2089
| 2024-02-24 17:28
| 最新富士山撮影
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「しまった」と思ったのは、達磨山を出発して岩本山に向かった時でした。カーラジオのニュースが「岩本山の早咲きの梅が見頃を迎えた」と詳細に伝え、今年は例年より2週間も早いそうです。混雑するといけないので急ごうと焦りましたが、3時間近くかかり岩本山に着きました。すでにいつもの近い駐車場は満車で、離れたところにやっと止められました。今回の撮影は連休終わりの12日夜に出発して、達磨山レストハウスへ。13日未明達磨山へ行きましたが、狙った星景写真は雲で撮れませんでした。そのあと井田へ移動すると河津桜は満開。昨年は28日(満開を少し過ぎていました)に撮っているので、2週間早いことになります。暖かな日差しを浴び、いつもの皆さんと和やかに撮ることができました。14日未明は満天の星空ですが、達磨山は立っていられないほどの強風が下から吹き上げています。竹笹の中に埋まるようにしてなんとか撮影しました。そのあと向かったのが岩本山でした。ニュースの後は国会中継です。野党の質問で、出るわ出るわ驚きの金額、政治活動費を甘利明元幹事長は在任中のわずか35日間に3億8千万を受け取り、二階俊博は5年間で48億円を受け取ったそうです。しかも二階は3年間で3千472万円もの書籍代を使ったそうです。それに対して岸田首相は、それを確認もしないで「適切に使われていると認識している。」と答えるのみで、まるで「ぼけ」と「つっこみ」の応酬のようです。もうあきれて、「M1グランプリ」の漫才を見るよりも面白く、岩本山までの3時間も短く感じられました。今朝の強風は春一番のようで、もう春が来たと言えるのかもしれません。あとは桜の開花を待つだけです。ところが裏金問題で凍りついた自民党はこれからも厳冬期が続き、いまさら「しまった」と思っても、もう二度と春は来ないのかもしれません。日本のGDP(国内総生産)がドイツに抜かれ4位に転落したとニュースが伝えています。このままの政治では日本全体に春は訪れなくなるかもしれません。「しまった」と思うのは、本当はこんな議員を選んだ国民なのです。
2月13日 井田海岸
以上です。ここまでご覧くださりありがとうございます。
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by minorufuji2089
| 2024-02-15 12:58
| 最新富士山撮影
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